Renewal OPEN

この度、新しい機会を頂き、ギャラリーを旧木造家屋の隣の鉄筋コンクリートのビルの2F,3Fに移しました。昨今の天災事情を考えますと、木造家屋の耐久性に問題があると判断いたしました。改修工事と引越し作業は今年の2月には終わっておりましたが、コロナによる緊急事態宣言により営業ができず、収束の兆しが見えてきたようで6月29日より展覧会を開催させていただきます。

画廊を始めて今年は21年目を数える年になり、新しい空間で展覧会が出来ますことは大変嬉しく、楽しみにしております。質の高い芸術作品が生まれるということは、芸術家の置かれた文化的環境の質によって定まると思っております。それは、作品の購入者、また強く作品に興味を抱いてくださる高覧者の皆様の存在により我々が紹介します作品が保証され価値を高めていくものであると考えております。

ここで見られる作品が、社会を代弁し、歴史的事実として残すべきであり、それとは別の観点から手元に留めたい、と欲していただける作品の展覧会を一つでも多く開催できましたらと、思っております。

小さな画廊ではありますが、積み忘れることなく大切なことを発信できましたらと考えております。皆様の応援なくしては、画廊は存在しません。どうぞ、今後ともよろしくお願いいたします。

尚、住所以外の電話番号、メールアドレス等々の変更はございません。


展覧会のご案内 - 2020/7/20 (mon) – 8/1 (sat)

作家

芝高康造 (Kozo SHIBATAKA)
神谷孝久 (Takahisa KAMIYA)

展覧会会期

2020/7/20(月)- 8/1(土)12:00 – 18:00
会期中の休廊日 7/26(日)7/27(月)

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芝高康造

Biography

1948
born in Osaka,Japan
1969
BFA Musasino College of Art,Tokyo,Japan

Personal Exhibitions

1972
Shirota Gallery,Tokyo
1975-77
Muramatu Gallery,Tokyo
1978
Heian Gallery,Kyoto
1979, 80, 82-89, 91, 93, 95, 97-99, 2001, 08, 09
Shinanobashi Gallery,Osaka
1981, 91, 98
Gallery 16,Kyoto
1990
Gallery Coco,Kyoto
1991
Gallery Art Box,Osaka
1992-2001, 04, 06
Espace 446,Osaka
1994
Base Gallery,Tokyo / Gallery Yuan,Nara
1996
Bell Book Store Gallery,Oita
1999, 2001, 03, 05
Gallery mai,Tokyo
1999,2001
Gallery Maya,Osaka
2000
Gallery KONO,Aichi
2001
Ataka Museum,Tokushima
2001-18
Amano Gallery,Osaka
2005
Gallery Den,Osaka / Gallery R.P,Osaka
2006,17
Chef D‘oevre,Osaka
2007,08
Gallery Irohani,Osaka
2008,12
Ashiya Gallery,Hyogo
2010,11
2kwgallery,Osaka
2011,15,18
Gallery Yamaki Fine Art,Hyogo
2013,17
Gallery Ami-Kanoko,Osaka
2018
Ashiyagaro

Public Collection

National Museum in Warsaw
Hyogo Prefectural Museum of Art (Shinanobashi Gallery collection)
Osaka Prefectural Contemporary Art Center

elected Group Exhibition

1978
“Out of Scrummage” Prefectural Gallery,Kanagawa
“Intelligence and Order-Form of Eight Artists”
Shinanobashi Gallery,Osaka
1982
“Art Now ‘82″ Hyogo Prefectural Museum of Moderm Art
1985
“The 3rd Osaka Contemporary Art Fair” Contemporary Art Center Osaka
1987
“The 17th Ljubljana International Print Biennale” Yugoslavia
1988
“The 12th Krakow International Print Biennale” Poland
1991
“Krakow International Print Triennale‘91” Poland
1992
“Perspective from Japan:Nine Printmakers” Extension Gallery,Toronto,Canada
“Painting,Now-‘92,Osaka” Contemporary Art Center, Osaka
1993
“Contemporary Japanese Etching” Base Gallery, Tokyo
“International Exhibition of Graphic Art,93” Taejon,Korea
1997
“10 From Osaka Art” 54 Gallery,New York
1998
“Ground Artisan-Personality of six moments” Espace 446,Osaka
“HANGA-New Direction in Japanese Printmaking” Graphic Studio Gallery,Dublin,Ireland
2002
“HANGA-Further Directions Contemporary Japanese Prints” Graphic Studio Gallery,Dublin,Ireland
“Japanese Contemporary Art Exhibition”
Turkish Japanese Foundation Cultural Center,
Ankara/Central Bank Gallery,Estanbul Turkey
2004
“Galleryism in Art Field 2004”
Pretectural Contemporary Art Center,Osaka
2005
“Exhibition of Person+Oneself+Word”
Kyongin Museum,Seoul,Korea
2008
“International Book Art Fair Seoul”
COEX,Seoul,Korea
“Book Art 2008 Japan-Korea”
Gallery Jinsun,Seoul,Korea
Gallery Den,Osaka
2008,09
“International Book Art Exhibition in Cheong-ju”
Korea Craft Museum,Cheong-ju,Korea
2010
“Book Art 2010 Japan-Korea”
Gallery Jinsun,Seoul,Korea
Kunst-bau Tokyo,Tokyo
Gallery Yamaguchi Kunst-bau,Osaka
2013
“Yosimi Shibataka (ceramic) Kozo Shibataka (copperplate print)
Chef D‘oevre,Osaka
2013,14
“BOOK ART Korea-Japan 2013-14”
Gallery JINSUN,Seoul,Korea
Nakanoshima Design Museum,Osaka

神谷孝久

1948
東京生まれ
1966
東京都立工芸高校卒
1976
渡仏
1976-80
パリ国立美術学校(アトリエセザール)

個展

1984
DUSZKA PATYN KAROLZAKギャラリー – ブリュッセル
LA CUVEE Centre d`art Actuel – Ville Franche S Saone
1985 Galerie DUSZKA PATYN KAROLZAK – ブリュッセル
2001
Grande PARISギャラリー – パリ
2010
St/MANDE文化センター – サンマンド
2015
HANAWAギャラリー – パリ
2016
ギャラリーLee – パリ
2017
ギャラリーLee – パリ
2019
St/MANDE文化センター – サンマンデ

コレクション

モウブージュ美術館 – フランス / ポワンJAL – パリ / サンマンツデ文化センター – フランス / フランス国立図書館(BnF、買収) – パリ / ファンダションミセン – パリ

MAIN PERSONAL EXHIBITIONS:

1980
ERG Gallery, Brussels
1983
Galerie AN, Kyoto Galerie TANAKA. Hirosaki
RETINA 2 Gallery, Sapporo
DUSZKA PATYN KAROLZAK Gallery, Brussels
1984
AI Gallery, Tokyo
RETINA 2 Gallery, Sapporo
LA CUVEE Center d`art Actuel, Ville Franche S Saone
1985
Galerie DUSZKA PATYN KAROLZAK, Brussels
2001
Grand Paris Gallery, Paris
2010
27th Week of Contemporary Art, Saint-Mande
2015
Hanawa Gallery, Paris
2016
Galerie Lee, Paris
2017
Galerie Lee, Paris
2019
Contemporary Art, Saint-Mande

Collection

Maubeuge Point JAL Museum / Paris CAC / Saint-Mande
Bibliotheque National de France (BnF, L’acquisition), Fondation MISEN Paris


神谷孝久の作品 — それはタブローではない。

ミシェル・ラスコー

こんなタイトルをつけると、ルネ・マグリット1926年の作品を連想したり、それをめぐるミシェル・フーコーの本『これはパイプではない』(73年刊)を思い出したりする方がおられるかもしれない。じっさいその書物のなかでフーコーは、26年作品の「パイプを描いたタブロー(キャンヴァス)は、教室の黒板(タブロー)に描かれているにちがいない」と推測仮定し、そのさい、上記のように「タブロー」という言葉がさまざまな意味でつかわれることを巧みに利用している。わたしのいうタブローはそんないくつもの隠れた顔を秘めてはいない。20歳にもならぬモーリス・ドニが1890年の「美術と批評」誌に筆名できっぱりと定義した、あの「タブロー」のことである。「なにか特定の秩序にしたがって色彩を集積し、そのいくつもの色が蔽(おお)う平たい表面を、タブローという」。

ドニの定義は、人間や風景をひきうつしたり、そうやって歴史や神話伝説のできごとを描いたりと、タブローが現実世界を再現するという、西欧の絵画の伝統に触れていない。じつは、触れていないことをとおして「それよりも先ず、色で秩序づけられた平面が肝心だ」と語り、タブローに関する西欧の伝統に掉さしているといえよう。1948年の東京に生まれた日本人の美術作家・神谷孝久の作品は、そうしたタブローに似ているが、似ていることに騙(だま)されまいぞ。それはブローではない。まずはそういいたいだけだ。

神谷の作品も、いかにも秩序があり色彩があるように見える。だが、色彩といったところでたいていは、さまざまな黒と、さまざまな白と、さまざまな灰色がつくりあげる層そのものに還元されてしまう。その秩序の根っこにあるのは幾何学だが、それとて円とか四角とかのごく身近な幾何でしかなく、せいぜい、厚みをもった四辺とか枠組とかが形づくる直交、さらにまた壁面と垂直に交わって突出して見せる投影立面図といったところ。なにより、作品の表面がおよそ「平ら」からは、ほど遠い。ごつごつと、くぼんで、でっぱって、つぎはぎがあり、縞模様の溝まで掘ってある。これでも納得できないなら、神谷のアトリエに行ってみればいい。パリ郊外のパレゾーにある。どこが画家のアトリエなどであるものか。ここからタブローは生まれない。貼り合わせた合板や、鉛ワイヤを巻きあげたロールがいくつも転がって、ペンチ、電動工具、半田鏝(はんだごて)、切削工具、酸素ボンベなどが散らばっているかと思えば、横の小棚にはワニスとインクが並んでいるといったありさま。神谷当人はじぶんの制作物をむしろ「彫刻」と呼ぶほうを好んでいる。見かけはタブローだが、立体、ないしオブジェ、ないしアッサンブラージュ、といったところであろうか。

その制作物は学生のときから得体のしれないものだった。日本で都立工芸高校金属科にいたころの初期作品も、一部はすでに正体不明であり、パリ国立高等美術学校でも神谷のいくつかの彫刻は、丸彫と浮彫の中間、半肉彫と呼ぶほかないものに変貌しつつ、一つの側面は「平ら」なままだったから、壁面や地面に「ヴォリューム体として取り付く」――いわば「デンと据わる」ことができた。40年このかた、神谷はじぶんの作品を「累重物――重ね合わせたもの―― Superposition」と名づけ、できあがった日付を書き加えている。それは作品の誕生日にかんするメモではない。それをよめば、作品実現に必要だった造形活動を把えて分類することができ、活動を牽引したプログラミングに簡潔な名前をあたえることができ、さらに作品ほんらいの姿をさえ思い出させることができる。単なる数字と見えたものは、いわば人類学でいう「記述的親族名称」である。記載された帳簿を開きさえすれば、多種多様な在庫品が一目で見渡せる。

仕事のさいに用いる帳簿にはもろもろの単一基本アイテムが記載されていて、神谷はその一部を、彩色された表面に手際よく「累重」する――つまり、重ね合わせて置いてゆき、その累重物はつぎの機会のためにあらためて取り分けて置かれ……、といった具合にプログラムがすすむ。基本アイテムはプラスティックの半球であったり、彩色された鉛の長方形または正方形であったり、インクで描かれた幾何学図形などなど。そうしたものが、たえず変異を遂げながら次々とつらなり、また累重のはたらきを受けて、前述の直交する枠上にみずからの位置をさだめていく。見るひとに忍耐があれば、そこに秩序を見いだすことも不可能ではない。オブジェはあっさりと身を投げ出しているだけであるし、見る眼差しに断念を強いるほど、その作業が錯綜しているわけでもない。アッサンブラージュへ次々と重なり合い、累重していった層のもつれは、やがて引き剥がされ、ほどけてゆくだろう。この累重物は、どのようなアイテムの重なり合いであっても、じぶんの座標はじぶんで拵(こしら)えあげており、したがって標準規格が決まっていて、パートとパートがぴたりと嵌(は)まる有機組織だといってよい。いうまでもなく自己参照機能をそなえたモジュール建築は、ミニマリズムの血縁である。

しかしながら、神谷の制作するものが壁に懸けられて、ゆらりとも振れぬ壁掛け彫刻だけだとしたら、どうであろう。いかにも、そのとき主張される美学は、作品の手ざわり、色彩、凹凸、織りの細かさ粗さが、光と瞬間を手繰り寄せて、それと一つになっていると胸を張るかもしれない。だが、そんなことがいえるのも、物質が視覚に現前し、作品は自律しているという前提があってのこと。物質は神谷がつくったものではないし、作品の自律は伝統がつむいだ思想にすぎない。他愛のない自信である。

神谷だけにできること、神谷の仕事のほんとうの意義は、その作品がいつも造形のはたらきそのものに目を向けさせるというところにある。造形のはたらきそのものとは、造形のはたらき全体のことにほかならず、はたらき全体に目を向ければ、形をつくるという、そのことが、時間がどんなものであるかを明快に説き明かしているとわかる。造形全体をつらぬいて、持続が一なるものであって、そこに切れ目はないこと、また現在という時間が過去と未来をともに内包しているということ。それが手に取るように理解できる。

日本の沼沢を撮った写真を神谷が見せてくれた。水面には、その季節さいしょの落葉がある。つい、このまえの秋だ。落葉は水面に浮き、まだ波にゆれている。もう少し深い水中の岩に、べつの落葉がしがみついている。数年まえの昔の葉で、ほとんど黒くなっている。透きとおった水の、さらに底深く目を凝らせば、もっと古い落葉が累々と重なり合う、堆積の山が見分けられる。目を移せば、水上の表面に、背の高い木々が緑の葉を映している。

神谷の「累重」は、こうした時間のありかたをかたどって、神道と親しく切り結び、時間の仕組みを目で見えるほどに提示する。作品という、そのただ一つの場所で、過去と現在と未来が一つの結晶を形づくる。見かたを変えれば、神谷の作品一つ一つが、それぞれの日付を入れられて、先行する作品のうえに累重され、来るべき作品への架橋となりつづけている。神谷の作品は、可視化された造形プロセスそのものなのだ。


■ 新ギャラリーの住所

542-0074 大阪市中央区千日前1-2-7 2F / Address: 1-2-7 2F Sennichimae Chuo Osaka, JAPAN 542-0074

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TEL: 06-6214-2595
Mail: yukiko@ami-kanoko.com
URL: http://ami-kanoko.com