《在り方・現れ方 since 2000〈Window〉》にみられる「触感伝播性」をめぐって
日置 瑶子 Yoko Hioki
1987年生まれ
2013年 大阪大学大学院 文学研究科 美学 修士課程修了
2017年 大阪大学大学院 人間科学研究科 人間科学 博士課程入学
2018年 学術振興会 特別研究員DC2 採用内定
専門は描写の哲学、ジェームス・ギブソンとネルソン・グッドマンの論争をつうじて、画像の意味について考えています。
彫刻家、岸野承さんの作品について考えたいとおもいます。作品の何を、どんなふうに考えればいいでしょうか。
たしかなことから、はじめたいとおもいます。まず、岸野さんの作品は、彫刻の作品です。つぎに、それは、木でできています。さらに、それは、ほとんどかろうじてそうだと分かる程度にですが、ひとのかたちをしています。さしあたり、たしかなことは、この三つです。では、なぜ岸野さんの作品は、彫刻の作品なのでしょう。また、なぜ木でできているのでしょう。さらには、どうしてひとのかたちをしているのでしょう。この小論では、以上の三つの問いから、岸野さんの作品について考えてみたいとおもいます。
岸野さんは、父が水墨画家であったこともあり、幼い頃からものを作ることに親しんでいたといいます。もちろん、ものを作る機会があるからといって、ひとはかならずしも、ものを作ることに従事するようになるわけではありません。そうした機会を十二分に活かすことのできる気質に、岸野さんは恵まれていたのでしょう。岸野さんは、じぶんは生涯ものを作って生きていくのだと、幼いながらに心に決めていたそうです。しかし、なぜ、彫刻なのでしょう。ものを作るというだけならば、彫刻でなくても、絵画でも、建築でもいいはずです。
さまざまな理由が考えられます。ひとつには、相性があるでしょう。ふたつには、岸野さんの師が、彫刻家であったということもあるでしょう。けれど、それだけではないでしょう。彫刻ではない、ほかの造形活動、たとえば、絵画では、事前の構想ができあがりの作品に強く影響すると、岸野さんは言います。また、建築は、絵画以上に、事前の構想を必要とする造形活動ですが、じぶんはそうしたしかたとは別のしかたでものを作りたいのだと、岸野さんは教えてくれました。すなわち、あらかじめ想定されたかたちを素材にあてがうのではなく、素材そのものから見えてくるかたちを追究したい、そのためには、彫刻が適していると、岸野さんは言うのです。
岸野さんの作品が木でできているのも、じつは、こうした、岸野さんの制作の基本方針によるものです。ひとくちに彫刻と言っても、いろいろあります。粘土からできているもの、石からできているもの、さらには、銅からできているもの。作りかたもさまざまです。けれど、粘土は柔らかすぎるために、また、石や銅は固すぎるために、とにもかくにもかたちがでしゃばるのだと、岸野さんは言います。それに対し、木は、柔らかすぎず、固すぎず、ちょうどの固さで、素材のありかたを探りやすいのだそうです。
本展覧会で展示されている作品を、岸野さんは主に鉈を使って、制作しています。木の肌理や木目、木のようすに合わせて、また、鉈を押し返す木のちからに応じて、その都度、刃の当てかたを変えていく、こうした一連の作業のなかで、岸野さんの作品は、おのずとできあがってくるというわけです。みずからの作品制作をふりかえり、岸野さんは、じぶんは「素材にしたがう」のだと教えてくれました。
「素材にしたがう」とは、作り手が思いのままに素材を加工、処理し、それをひとつのかたちに拵えることを言うのではありません。それは、かたちそのものを素材から引き出してくること、言いかえれば、素材を生かすことです。岸野さんの作品において、素材は殺されているのではなく、生かされているのですから、岸野さんの作品に現われているかたちとは、いくぶん比喩的ですが、木の「いのち」であると、こう言うことができるでしょう。そしてこのことが、岸野さんの作品がなぜひとのかたちをしているのかということの理由を説明してくれます。すなわち、わたしたちにとって最も馴染みのある「いのち」とは、ほかでもない、わたしたちじしんの「いのち」です。岸野さんの作品がひとのかたちをしているのは、このためなのです。
以上、冒頭にあげた三つの問いから、岸野さんの作品について考えてきました。岸野さんの作品の、彫刻であること、木でできていること、そして、ひとのかたちをしていること。これら三つのことが、偶然にそうあるのではなく、互いに互いを必要とするような、緊密なしかたで結びついていることが分かりました。また、それらを結びつけているものが、「いのち」をかたちにしたいという、岸野さんの想いであることも分かりました。この想いは、かたちにしたいという想いですから、作品を作り出す以前にすでに岸野さんの心のうちにあって、完成を見ているような、そんなものではありません。それは、作品の形成とともに明瞭になっていく、あるいは、作品の形成によってはじめて、岸野さんにとっても確固としたものとして現れてくる、そんな想いのことです。この想いはだから、岸野さんのなかにある、というよりはむしろ、素材である木のなかに潜んでいると、そんなふうに言うことができるかも知れません。岸野さんは、それを、赤子を取り出す助産師のように、丁寧に手で削りだしていくのです。
「いのち」とはふしぎなものです。わたしたちが、いま、ここに、このようにしてあるのは、みな「いのち」のおかげですし、だれもがそのことを知っています。けれど、にもかかわらず、いのちそのものを見ることは、だれにもできません。岸野さんの作品を見てみると、ひとのかたちは、欠けたり、削り取られていたりします。半分見えていて、半分かくれている「いのち」のふしぎ。岸野さんの作品には、それが過不足なく現れている、そんなふうにおもいます。