版画小説
『老人と海』 Part.1
『The old man and the sea』
Ernest Hemingway
現代の私たちは、スマートフォンやパソコンなどから与えられる文字を打ち込んで言葉を編んでいます。この現代に、古代人の仕事のような一文字ずつ言葉を彫る作品を発表します。言葉の意味は勿論重要ですが、言葉の意味以上に大切なことが文字には内蔵されていると考えるからです。
僕が一文字ずつを木に彫りながら思い出したのは、20年以上前に東京で観た『古代エジプト展』の象形文字の石板です。この石板の前に立った僕は、一文字も読めない石板に感動しました。ここに途方もない時間をかけて石に彫った言葉があり、その言葉を読めない僕には意味は伝わらないが、意図した熱量は十分に伝わる。それに僕は感動したのでした。
今回、文字も挿絵もすべて版画で作る本を企画しました。企画のきっかけは、昨年お弁当の包み紙の文字を版画で作ったのがおもいの他好評でした。”書かれた文字”と”彫った文字”の印象は違うということが分かりました。この機会に集中して版画文字を作ってみようと思い、ヘミングウェイの『老人と海』、福田恆存訳、新潮文庫を選びました。この本は僕にとってのバイブルで、若し急病で搬送される時も、この本だけを持って行きでしょう。この本の文章の抜粋版として、文字と挿絵の版画小説の『老人と海』の制作が始まりました。
これは、とても根気が要る作業です。作り始めて半年以上経ち、慣れてきましたが、5文字を彫るのに約1時間かかります。小説の部分抜粋版が全部で何文字になるか数えていませんが、この企画が途方もない制作時間を要することはわかりました。
今回の展示は、完成した冒頭のページをPart.1として展示し、次回はPart.2として、数回に分けた展覧会で完成したページを順次発表する予定です。
現在のウィルス感染症の流行拡大によって起こった、日常生活の不自由な活動制限の中、若い頃に読んだ小説と出会うことができました。この社会状況の中、自分をゆっくりと自分を見詰め直す時間とれ、制作が可能で発表の意義がある作品を模索して、この企画に辿り着きました。
多くの方にご高覧頂きたいと思います。
|
PROFILE 1965年6月8日、富山県富山市生まれ。
アカデミックな美術教育は受けておらず、独学独習で現在に至る。
E-MAIL sai-ping@hiroyuki-saito.com
URL http://www.hiroyuki-saito.com/