C l o s e d : S u n d a y , M o n d a y
作家ステイトメント
「春の心臓」。これは芥川龍之介がアイルランドの詩人ウィリアム・バトラー・イエィツの詩The Heart of the Springを翻訳した時の日本語での題名です。日本語と原題の英語ではニュアンスが大きく異なります。Heartとはもちろん心臓を意味しますが、心や感情という意味も持っています。形を持たないはずの春に鼓動を感じる。そんなふうに元の英語の詩からは感じることができました。春の心臓と言われると、とてもインパクトのある言葉に感じられ、春に形が与えられたような気がしました。このように言葉の解釈、どのような言語で詩を読むのかによって詩の印象は大きく変わります。
作品制作とはある種、翻訳作業に似ているのではないかと思います。風景や自然、時間の変化を言葉ではなくイメージで翻訳をする。そんなふうに私は作品制作を捉えています。私の木版画作品は制作するのに時間がかかります。イメージを写して、板木を彫って、紙に摺りとる。時間の芸術だと言っても良いのではないかと思っています。作品の本質とは制作している「間」の時間にあるのかもしれません。現在ここに展示されている作品とは結果であり、その一つ一つに膨大な時間が内包されていることを感じ取っていただけたら良いのですが。
今年の1月下旬から2月上旬にかけて金沢湯涌創作の森というところで滞在制作を行いました。金沢市内から車で40分ほどの場所にあるそのアーティスト・イン・レジデンスは小高い丘の上にあり、湯涌の温泉街を見渡すことが出来ます。到着した次の日に雪が降って、一晩で景色がガラリと変わり、真っ白な世界となりました。私は雪が深くならないうちに施設の周辺を散策して、雪を踏み締める音や、枝から風と共に落ちる雪に静かに感激していました。私は雪国生まれではありませんが、以前から南よりは北、暖かいところよりは寒い場所に惹かれる傾向があり、これまで旅したところも圧倒的に北に位置する国や場所が多いのです。特に冬は北に行きたくなります。冬という季節をしっかりと感じたいのです。
今回の個展初日3月21日は春分の日です。昼と夜の長さがちょうど同じになる日。仏教では極楽浄土と現世が交わる日とされ、彼岸と此岸が最も通じやすい日と言われているようです。向こう側とこちら側。冬から春への感覚の変化。私はこの時期、感覚が敏感になり心が不安定にもなります。冬の静けさから一転して、春のオーケストラの演奏が始まったような様々な生命の芽吹きの強いエネルギーに圧倒されるからかもしれません。春の鼓動は賑やかでリズミカルです。冬の作品と春の作品。そこに内包されている時間と心の感覚の変化を楽しんでいただけたら幸いです。