共にあること

「存在認識の条件として」
私があるからものがあるように思えるなら逆に、ものがあるからこそ私が存在していることを強く感じられる。存在とは密接な関係を築くことによって成り立っている。そして相互に干渉しあえる場によってのみ存在は約束される。その約束こそが私には重要に感じられる。
「共にあること」とは、そのように相互に干渉し、比較検討可能な場を明らかにしようとする試みである。
「存在の場所から」 (記:うりう しょうた)
私は、作品として提示する日常生活上ですれ違う人々をスナップ写真で収め、そこに写った人物を彫塑にする。それを情景となる風景や人物をドローイングに置き換える。この作業は、写真という均一なインクの付着物による極めて平面の画面からもう一度そこに、その写真を撮った時間確かに存在したものを立ち上がらせようとする存在を存在場所へと探ろうとするものである。確かにそこに存在したものを、何処に・本当の実態をもって・あったのかを頭の中で明確化して処理し、提示することが私の作品制作の根幹となっている。 その為に、私が作る人物の対象は全く認識のない他者である必要がある。写真を撮った瞬間出会っているのだが、制作の段階には記憶が薄れ、今そこに立ち返ろうとすると、情報として頼るものは写真だけとなっている。
展覧会を終えて (記:画廊 編 ぎゃらり かのこ/中島由記子)
お天気にも恵まれたくさんの方にご高覧いただきました。ありがとうございました。
この4月に大学を卒業したばかりの新人アーティストの展覧会でしたが、多くの方に満足いただき、高い評価をいただきました。技術的に高い水準に来ていることが、理由のひとつでしたし、また、GW前の展覧会ということで、壁面に鉛筆画を直に描くことができ、細部まできっちと作っている立体作品と、現場仕事となった背景画のバランスが大変よかったことも、理由のひとつだったように思います。
若い感性で、現代の世の中を捉え、端的にそれを現していることは大変おもしろく、興味深くかんじられました。どうしても表現することばかりに力がはいりがちですが、ものを見て、観察する時間がいかに大事かということが良くわかりました。
略歴
- 2007
- 京都精華大学芸術学部造形学科洋画分野卒業

