逆輸入のアート

大阪大学大学院 文学研究科 文化動態論専攻 アート・メディア論コース 木羽 康真

Kumi Korf(クミ・コーフ)氏の中に生まれたイメージが、エッチングという技法を通して、紙の上で色鮮やかにリズムを刻んで踊っている。「Chrysalis Murmur」は、遠くから見たとき、まず鮮やかな黄色が目に飛び込んでくる。背景全体に広がる黒いラインの上に黄色いモチーフが配置され、その上に黄色のモチーフより一回り大きいが同じカーブを持つ橙色の模様がまるで透明な網のように掛かっている。

絶妙な位置にある黄色のモチーフはタイトルでもあるChrysalis(蛹)であろうか。

蛹は、一部の昆虫に見られる成虫になる直前の状態である。その静かな外見とは裏腹に、内部では一つの命が驚くべき変貌を遂げている。一見すると生きているのか、死んでいるのかわからない程に閉ざされた殻の中は、生命力で満ち溢れているのである。この作品を見ていると、私は、背景の黒いラインに縛られて時が止まった黄色の蛹を画面右上から掛かる橙色が刻一刻と蛹を覆うような、不思議な感覚に囚われた。そう、永久に静止し続けるはずの画面を見つめ続けると少しずつ動いていくのが見られるのではないだろうかという錯覚に陥ったのである。橙色が黄色を全て覆い尽くした時、黄色の蛹は変化を遂げるのだろうか…抽象的な色と形はタイトルと見比べながら鑑賞すると、その意図が見えてくる。

 

初めて作品を目にした時、これらの版画には額が装着されておらず、ギャラリーの和室内、壁や襖に直接展示されていた。そして、「Monogatari」など六点の作品は床の間に並べられていた。和室はニューヨークで制作された版画とは一見不似合いな展示場所に思えるのだが、日本にありふれた何の変哲もない和の空間と、現代的な作品が上手くマッチングしている。作品にされている紙が一般的に版画に使われる版画紙ではなく、和紙を使用しているからだろうか。たしかに和紙に印刷されたインクのにじみや色合いと余白部分がまるで何年も前からここに飾られていたかのように馴染んでいる。

しかしそれだけではない。この作品はいわば逆輸入ともいえる経緯を持っているのだ。

Kumi Korf氏は日本人であり、日本で生まれ育った彼女が海を越えてニューヨークへ渡り、空気の中で見たことや感じたこと、考えたことが版画というフィルターを通して日本の和紙に表現される。そう、これはニューヨークからやってきた作品であると同時に、故郷である日本に帰ってきた作品でもあるのだ。

 

これらの作品を購入すると彼女自身からの細かな指定のある額縁に額装されるという。外出する時、我々が服を纏うように、作品は額縁を纏う。額縁は作品を保護し、展示す

るための道具であるが、服と同様に作品は額縁によって大きく表情を変える。

彼女の作品に対するこだわりはどこから来ているのか。

作品を観察すると、彼女のアートに対する基礎の部分が見え隠れする。Kumi Korf氏には東京藝術大学建築科に在籍していた時代があり、現在も建築の仕事を行っている。躍動する抽象的な表現、版画紙だけではなく和紙も使うというマテリアルへのこだわり、版画と額縁の細かな採寸から生まれる余白…デザイン、材質、寸法、これらは建築に通ずるものなのかもしれない。

 

Kumi Korf氏の作品は色彩の豊かさとリズミカルな形で見る人を惹きつけ、購入後、額装されると計算された立体物として最高のパフォーマンスを発揮する。手に入れることによって、まるで新築の家を建て、そこに住み始めるかのような新鮮さを持つ作品である。