精霊の息吹と作家の眼差し ―長野順子 銅版画展「精霊たちの息吹」―

秋岡 啓子 Keiko Akioka

大阪大学文学部人文学科卒業
大阪大学大学院文学研究科文化表現 博士後期課程3回 在学中
京都精華大学共通教育センターに勤務
研究テーマ : 岡本綺堂の新歌舞伎、昭和初期の探偵小説

鑑賞者の感傷的な思い入れに過ぎないかもしれない。しかし、今回の展覧会を見て大自然の持つ力に希望を抱きつつ思いを馳せることは、今この時代を生きる私には当然の連想のように思える。それは、作家の言葉にあるように、「それぞれの身に起きた出来事の一つ一つが、それぞれの命を形作っている」という自然観が作品に表われているからである。すべてを受け入れ、いつでもあるがままの姿を見せる自然は、決してわざとらしく悲観したりはしない(もちろん、楽観もしない)。

展覧会のタイトルは、「精霊たちの息吹」。作家の創造する世界の中で、自然の営みを司っている精霊たちの神秘的な息吹が感じられる。今回の出展におけるメインは、鹿のようなツノを持った大きな白い獣のシリーズである。2010年から2011年に製作された、作家のもっとも新しい作品たちだ。作品ごとにツノの描かれ方が違っていて目を引かれたが、作家にとってツノは霊力の源泉のようなものらしい。

「明日を待つ命」では、首だけの獣が目を閉じ横たわっている。画面いっぱいに枝が組み合わされた巣の中で、静かに眠っているようだ。獣のツノは木の枝と同化していて、どこまでも上へ伸びていきそうな印象を与える。「豊穣」になると、木の枝のようなツノは緑を繁らせ、実をたわわに実らせている。獣は、しなやかに撓む自分のツノを見上げ、力強く足を踏み出している。「緑陰の風」の獣もツノが木となり葉を繁らせているが、「豊穣」のように動的な印象はなく、吹き渡る風と一体化するような穏やかさがある。「花神」のツノには、数えきれないほどさまざまな種類の花が咲き零れている。こうした植物の描写には、自然に囲まれたアトリエを持つ作家の正確な観察が表われている。冬が明けて春が来ると、木々の蕾は膨らんで花が開き、緑が輝きだす。

獣の霊力は、その不思議な秩序そのものである。これらのシリーズでは獣のそばに子どもが寄り添っているが、彼らは目には見えない精霊の息吹をしっかりと感じ、確かに見つめる眼差しを持っている。「森の語り部」に至り、いったんこのシリーズは終わる。飛行服を着た少年が森と化した廃墟で見つけたものは、ツノの形もそのままに白骨化した一頭の獣。空洞になった眼窩からは新たに根付いた葉が零れ落ち、地を這う蔦に覆われている。これまでツノから広がっていく繁殖にばかり目が向いていたが、この作品を見て、その根底には確かな根があるのだということに気付かされた。木の根は力強く、朽ち果てない。ここから「明日を待つ命」へ帰る連環をも感じさせる。生と死の経験を繰り返し包含している森は、今回の展覧会の主題である。

同じように考えると、たとえば「幻想都市綺譚」の舞台は古代の神話的世界にも見えるが、未来の図にも見えてきて面白い。海に浸食されつつある島の人工的な建築物は、高度な文明を誇った都市が終焉した後の遺構のようだ。天気が荒れているのか、空はおどろおどろしい様相を湛えている。人間の姿は見えないが、ここでも枯れずにしっかり根を下ろしているのは木だ。四隅に位置している中国の四神に対応する動物たち、また広場に置かれたイースターエッグのような卵が何かの誕生を予感させており、物語は終わらずに続いていく。