線を描く、線で描く

佐伯瑠理子

大阪大学大学院文学研究科 博士前期課程修了

関淳一の白黒の世界では、線が主役だ。その線は、決して一様ではない。 Gallery AMI & KANOKOの二階にあがった和室に、関の作品はある。入って右手すぐ、西側の壁にあるのは、節々で太さを変えながら黒くにじむ、枯れ草のような版画の線だ。縦長の画面の上を行きかう線は、束になって下に垂れるかと思えば、重なり合いながら上へ上へと向かい、すっと途切れる。近づいてよく見ると、糸のようにか細く繊細な線が、あいまをかろやかにしなっている。 関は、植物に関心をもっているという。たしかに、描かれた線のひとつひとつは、それ自体が植物のさまざまなシルエットや動きを映し出しているかのようだ。線と線のあいまの余白には、明るく澄んだ空気が流れている。思えば、展示されている作品は、いずれも縦長の構図をとっている。植物に働く重力と、それにあらがうように上へ向かう植物の生命力を、つぶさに見つめ、つかもうとしているからこそ、関は自然と縦の画面を選びとっているのだろう。 北側の壁にかけられた3点のうち、右の1点に目が留まる。束になって流れる線が、今度は輪郭となって、具象とも抽象ともつかないもののかたちを背景から浮かび上がらせている。中でも黒く太い曲線に目をやれば、まるで女性の身体のように、生命と官能性をたたえたかたちが見えてくる。一方で、左に向かう線の流れを追うと、かたちはほどけ、流れそのものへと変化するようにも思える。 一転して、床の間には、色彩をもったキャンバスがかけられていた。全体が明るいグレーの画面の中央上あたりから、薄墨色の木炭の線が、茂みのように放射状に多数ほとばしる。そこに緑青と思われる、半透明の青みがかったグリーンが重なり、画面の下のほうまで垂れ落ちている。作家が直接画面に描いた線は、動きにはやさをはらみ、立体感をもつ。 関の作品には、このように、かたちであり、運動であり、輪郭であり、中身でもある多彩な線がたち現れていて、これが同じ線かと思う。20年ほど前から「描くこと」の根本にかえったという関。彼の描き出す線は、対象をとらえようとする彼自身の意識の営みや、身体の息遣いをもわたしたちにつたえている。