権藤ミノル展/日記シリーズ

2013.07.01 - 2013.07.13 [ 1F Ami ]

権藤実

権藤実さんは、1956年に大阪で生まれ、東京の多摩美術大学で李禹煥に学んだ。Lee U-Fan は1960年代末、当時の日本で前衛美術の主流だった反・芸術運動に異を唱えて、西欧の近代を批判しつつ、芸術製作の素材そのものを芸術作品に変貌させることを主張、「もの派」と呼ばれる芸術運動の中心にいた。その名はフランスでもよく知られていよう。李には、中国の書を思わせる一連の作品がある。そこでは、書における文字の形と筆の運びが重要な効果をあげている。今回、権藤さんが出展した作品は、そうした李のシリーズを思い出させる。

「大学院を修了したあと」と権藤さんは私に言った、「アクリルガッシュが気に入って、それを用いて具象絵画とよべるような作品を描いてきた。けれど、ここ数年、具象画を描こうという意欲がなくなり、それに代わって現在は、学生時代という、自分の出発点に戻り、あらためて自分の芸術活動を把え直そうと製作している」。

権藤さんの近作は、師の李の作品に似て、日本の書における文字の形と筆の運びに目を向けているが、ただし絵の具は、学校を卒えて以来、馴染んできたアクリルを用いる。その作品が具象か、抽象かと問われれば、わたくしたち日本人は、「きわめて具象度の高い、徹底した抽象画」という、矛盾した判定を下すであろう。矛盾した言い方は、権藤さんの描く日本文字の特性に、原因がある。

李禹煥の描く中国文字は表意文字であり、しかも、そもそもの字形を崩さない楷書が多い。たとえば「一」という中国文字は、数の1を意味し、それ以外のものを意味せず、その字形は大部分が直線から出来ている。それに対して権藤さんは、日本に固有の文字である「平仮名」を描く。平仮名は1文字で1音を示す。字形は、文字を連続して書けるように、本来の形をかなり変えた中国文字に基づいており、大部分は曲線である。

『日記―時の流れ I』を見れば、その左下にある「も」という形の文字は、「mo」音を示す。「mo」という音を聞けば私はたちどころに、水中で揺らぐ藻、あるいは女性の足下に翻る裳、死者を悲しむ月日の喪を、いちどきに思い浮かべる。藻も裳も喪も、どれも日本語では、「mo」と発音するからである(平仮名は表音文字であり、表意文字でもある)。それだけではない。権藤さんの作品は、下地を塗って文字を描いたうえに、また下地を塗り文字を描き、それを何度も繰り返している。「も」という文字だけでなく、「mo」という響き、さらには藻、裳、喪が、幾層にも分かたれた濃淡によるグラデーションのなかで、浮かんでは消え、消えては浮かぶ。消えると見えて、いずれまた浮かんでくるそれは、過去についての、きれぎれの記憶のようだ。

さらに、それだけではない。作品の「も」は実は、裏返しの、鏡文字なのである。それは、「も」でありながら、「も」ではない。正体の定かならぬ記憶が、定かならぬままに形を得て、私の網膜に留まる。

「も」という文字は紛れもなく具象だが、その形は「mo」という音を呼び起こし、さまざまな意味をたぐり寄せ、その意味にまつわる私の思いを、とりとめもなく甦らせる。きれぎれの思いはきれぎれの記憶と結びつき、そのとき私は、事実を確定できないままに、なにかをやり残しているといったような、宙吊りの気分を味わう。だが、権藤さんの作品をとおして私が感じる、その気分は、後悔とか野心とかに染められていない。そこからは、「さあ、あらためてやってみようか」、そんな澄み切った励ましさえ感じられる。

出発点に立ち返った権藤さんは、日本に生まれ、日本に暮らして、自分の内側に積もってきたものに、気づいている。なつかしい李先生を、自分が自分のものにしていることに気づいている。権藤ミノルは、無私を担保にして、いま新しい出発点にいる。さて、そこからどこへ、踏み出すだろうか。

 

上倉庸敬(かみくら つねゆき) 大阪大学 大学院文学研究科 教授(美学)

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